私のフィールドワーク~ 2014年度の活動報告 ~


(大学新聞に、自分の研究について執筆しました。茲許、新聞に掲載しなかった、初稿を改めた別稿を掲載させていただきます。)

グローバル化と情報技術の進展が金融をボーダレス化し、その対象分野を先進国以外にも広げた感がある。しかし、よくよく考えるまでもなく、マネーはグローバルに存在する普遍の存在であり、金融は現在の社会システムの根幹であるから、フィールドが現代の先進国に限られるはずもない。

昨年(2014年)は、院生・ゼミ生とともに中国、中米5カ国[1]・パナマに現地調査に出かけた。金融論というと、フィールドワークは無縁だと思われがちで、ましてや中南米や中国というと怪訝な顔をされることも多い。

中国は、2月に天津の取引所(商品の直物取引所)を訪問した。商品の直物取引所は世界的にも珍しいものである。12月は、中国の外国為替証拠金取引の制度及び実態の調査に上海におもむいた。

他国の通貨である米ドルを使用するドル化は「制度としてのドル化」と「事実としてのドル化」に大別される[2]。日本の学会ではほとんど議論されて来なかったテーマだが、中米の国々では、ドル化は切実な現実問題である。

エルサルバドル、パナマが自国通貨を持たず、究極のドル化を行っており、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグアも、実質的にドル化が進んでいる。例えば、ニカラグアは7~8割もドルが使用されており、独自の金融政策も採れないでいる[3]。(さらには、ドル化したエクアドルは国家が電子マネーを発行しはじめてもいる。グローバル化と情報技術の進展の好個の例ともいえよう。今夏、行きたいと考えているのだが……)

エルサルバドルを訪れたのは地域通貨(補完通貨)UDISの現状を調べるためでもあったが、地域通貨も近代の法定通貨のアンチテーゼでもある。

金融システムへのアンチテーゼといえば、ノーベル平和賞で有名になった、ユヌス博士とグラミン銀行がはじめたマイクロファイナンス(一般的に、担保となるような資産を持たない人たちに行う小口の無担保融資などの金融サービス)を思い出す人も多いだろう。地域通貨やマイクロファイナンスというと、金融論の研究者は目を瞑って跨いでやりすごすのが普通のようだが、金融論は実学の最たるものであり、現場で起こっていることを無視してよいわけはない。

私は3年前から日本学生支援機構で機関保証制度検証委員会の委員長を務めており、奨学金制度を今後どのように再構築すべきか思案しているところだが、奨学金の制度はマイクロファイナンスと理念・仕組みが類似している。現在、グラミン銀行のコンセプト・システムを奨学金制度に活かせないか、考えているところである。

研究者たるもの、デリバティブや証券化、電子マネーから、地域通貨やマイクロファイナンスまで、あらゆる金融事象を守備範囲としなければならない。大変ではあるが、しかし、だからこそ楽しくもある。


 

[1]中米というと実は概念が確定はしていない。地理的にはメキシコのテワンテペク地峡からパナマ地峡までをいうが、中米5カ国というときは、歴史を鑑みて、パナマとベリーズを別にして、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカを指すことが多い(ついでながら、2015年は、日本が中米5カ国と外交関係を樹立して80周年に当たり、「2015年日・中米交流年」と定められている)。ちなみに、中米統合機構(SICA:Sistema de la Integración Centroamericana)は、この5カ国に、パナマ、ベリーズ、ドミニカ共和国を加えた8カ国で構成されている。ドミニカ共和国は、ドミニカ国と区別するために、「共和国」とつけて表記することが多い。

[2]「ドル化(dollarization)」とは、法的な制度とは関係なく、国内取引において程度の差はあっても外国貨幣が一般受容性を獲得している状態を指す。ご興味ある方は、ぜひ季報を参照願いたい。

[3]ドル化対策、また、ドル化の比率を引き下げることも検討したが、結局、検討のみで終わっている。

以上

(ドル化やエルサルバドルの地域通貨、中国の商品直物取引所、グラミン銀行は、立正大学経済学部の『季報』にも書いており、学内外を問わず、ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。御参考までに、2014年度に書いたものを挙げておきます。)

  • 「ドル化政策国における地域通貨UDISの活用状況」(木下直俊氏と共同執筆)きんざい『週刊金融財政事情』(第3067号)2014年4月7号、pp.34-37
  • 「わが国の規制動向と総合取引所構想」(車田直昭氏と共同執筆)『コモディティ市場と投資戦略――「金融市場化」の検証』第11章)勁草書房 2014年
  • 「中国の金融・経済の現状をどう見るか」(張伊麗氏と共同執筆)商工中金経済研究所『商工ジャーナル』(第40巻街8号)2014年8月1日pp.56-59
  • 「電子マネーを自国通貨にするエクアドル」(木下直俊氏と共同執筆)『週刊エコノミスト』第92巻 第46号 通巻4368号(2014年10月28日号)pp.48-49、毎日新聞社
  • 「ドル化政策実施国における金融政策-エクアドル・エルサルバドル・パナマの事例-」(木下直俊氏と共同執筆)『経済学季報』第64巻第1号、pp.35-65、立正大学経済学会2014年7月
  • 「エクアドル・エルサルバドルの補完通貨UDIS」(木下直俊氏、歌代哲也氏と共同執筆)立正大学経済学会『経済学季報』(第64巻第2・3号)、2015年2月
  • 「中国の商品直物取引市場―渤海商品取引所を中心に―」(ニエ賽楠、張書訳、歌代哲也氏と共同執筆)立正大学経済学会『経済学季報』(第64巻第2・3号)、2015年2月
  • 「グラミン銀行とマイクロファイナンスのコンセプト―奨学金制度のビジョン再検討のために―」(劉振楠氏と共同執筆)立正大学経済学会『経済学季報』(第64巻第4号)2015年3月

随筆・啓蒙記事、ほか

  • 「“金持ち父さん”の金融教育への影響」筑摩書房『ちくま』(第520号)2014年7月号
  • 「(交遊抄)相場研究の友」日本経済新聞2014年12月11日
  • 「(わたしの投資論)投資とは「考え抜く人」の証し」日本経済新聞電子版2014年12月25日
  • 「(私の視点)奨学金制度 教育受ける権利の維持図れ」朝日新聞2015年1月15日

単行本

  • 『改定版 金持ち父さんの投資ガイド 入門編』(キヨサキ他著、翻訳協力)筑摩書房 2014年
  • 『改定版 金持ち父さんの投資ガイド 上級編』(キヨサキ他著、翻訳協力)筑摩書房 2014年
  • 『トレーダーの発想術――マーケットで勝ち残るための70の箴言』(ロイ・ロングストリート著、訳。『相場のこころ』新装版)日経BP社 2014年