『貨幣と通貨の法文化』の出版にあたって


やっと『貨幣と通貨の法文化』[法文化(歴史・比較・情報)叢書⑬]が上梓されます。毎年、法文化学会という私の所属する学会から出ている叢書で、今回は私が編者です。

2013年に立正大学で開催された法文化学会第16回研究大会(テーマ「貨幣と通貨の法文化」)での報告をもとに編まれた本――というより、本として出版できるように統一テーマを設定して、大会が開催されたのですが――です。実は、去年の秋には出ているはずだったのですが、いろいろとあって、延び延びになっていたのでした。執筆者、また、会員の皆さんには、大変ご迷惑をおかけしました。この場を借りて、御詫び申し上げます。

さて、今回の叢書は、要するに、“お金/マネー”の法文化がテーマです。“お金/マネーとは何か”という問いは、人類史上でも指折りの難問です。その機能についての認識も確定していないといってもよいかと思います。辛うじて容易に答えられるとするなら、それは、存在理由だけかもしれません。しかし、「存在しないと極めて非効率」「存在すると便利」というしかないのであれば、素朴にすぎるという思いもします。結局、「お金はお金」――中島みゆき「かもめはかもめ」みたいだなぁ――ということでしょうか。今回の本も、結局のところ、そこから脱出はできていないのですが……。

お金/マネーは、空間的(言語・民族)にも歴史的にも呼称・方言・符牒(隠語)など多種多様な表現(単語)を獲得してきました。例えば、N.ファーガソン『マネーの進化史』には、bread[食いぶち]、cash[現金]、dosh[ゼニ]、dough[現なま]、loot[余禄]、等々が列挙されています(「この本はよい本なのですが、翻訳は誤訳というより杜撰です。例えば、このマネーの別称も、英語版と訳本では数が違っています。文庫は単行本よりマシとのことですが……。引用するときは、原著を確認しないと危険です。閑話休題)。つまり、人類にとって、興味津々な事柄――それがお金なのです。ま、そういった話は、本の序にも書きましたので割愛しますが、編纂していて、とても楽しかったということは、お話ししておきたいと思います。

私は、序「貨幣と通貨の法文化の諸相」と最終章の第11章「貨幣とは何か―私的/非政府のコミュニティにおける“お金”―」を書いています。

11章では、清水義範と谷崎潤一郎の“お金”の誕生にまつわる小説二篇を紹介し、カロリン諸島のヤップ島の石貨フェイについてのケインズとフリードマンの考察を取り上げます。ついでながら、2人が依拠しているのは、ウィリアム・ヘンリー・ファーネスが1910年に著した『石貨の島』で、この石貨のことをフェイというのですが、これは、日銀の貨幣博物館で見ることができます(来年は、ヤップ島に、ずらりと並んだストーン・マネー・バンクを見に行きたいと思っています)。また、コーヒートークン、つまり、いわゆるトラックシステムにおける代用貨幣も、2014年に中米コスタリカを訪ねたときに、博物館ではありましたが、見てきました。今年の春は、沖縄の南北大東島に行き、いわゆる玉置貨幣・通用引換券などと呼ばれた代用貨幣を見てきました。それらを紹介しながら、貨幣について考えるという趣向です。

そこにも書いたのですが、2010年には、クレイグ・カーミン『欲望と幻想のドル』を翻訳し、中南米のドル化、北朝鮮によるスーパーノート(偽造米ドル)、等々について改めて考たことが、今回の編者を引き受けたきっかけでもありました。この本も非常に興味深い本でした。2012年の2月と8月に、ドル化を調べにエクアドルやパナマ、エルサルバドルにも赴きました。この8月も、リオ五輪が終わるころに日本を出て、南米に行ってきます。金融論の先生で、フィールド・ワークをしているというとなぜだか不思議がられることが多いのですが、やはり、現地を見ないことには、話にも何もならないのです。

さて、本についてですが、目次を掲載しておきたいと思います。面白さが伝わるといいのですが……。

 

序   貨幣と通貨の法文化の諸相  林 康史

第1章 仮想通貨と法的規制―ビットコインは通貨革命の旗手足りうるか―  畠山久志

第2章 価値尺度と租税法  浅妻章如

第3章 共通通貨ユーロの法と文化―ゲルマン文化の優位と問題点―  田中素香

第4章 ドイツにおける通貨偽造罪について  友田博之

第5章 エクアドルの通貨制度―ドル化政策の社会的・制度的要因―  木下直俊

第6章 1930 年代の欧米各地におけるスタンプ紙幣の法的側面  歌代哲也

第7章 ジャン・ボダンの国家の貨幣鋳造権といわゆる“プリコミットメント”理論について  中野雅紀

第8章 憲法と法貨―アメリカのグリーンバックの合憲性をめぐる司法と政治の関係―  大林啓吾

第9章 イギリスのピックス裁判にみる貨幣鋳造の法的規律―金属貨幣をめぐる国王大権と議会制定法―  岩切大地

第10章 明治初年期における“紙幣”の法秩序―断罪無正条条例の規範形成機能―  髙田久実

第11章 貨幣とは何か―私的/非政府のコミュニティにおける“お金”―  林 康史

 

8月末ごろに、書店に並ぶかと思います。お手にとっていただければ幸甚です。

以上

追記:叢書➅『ネゴシエイション―交渉の法文化』も私が編者でした。そこでも、序「ネゴシエイション―交渉の法文化」と第1章「英国の金融法制度の立法および改正におけるネゴシエイション」を私が書いています。こちらも、是非、読んでいただきたいと思っています。

なお、叢書②『市場の法文化』にも、第10章「金融・証券市場における法文化」、第11章「米国及び英国における排出枠取引制度の形成と展開―環境の市場化と法文化」(越智敏裕氏と共著)を書いています。