マイナス金利の意味と導入の意図


2016年2月4日
立正大学 経済学部
林 康史

1月29日、金融政策決定会合で、いわゆる「マイナス金利」の導入が決定されました。マイナス金利は、預金者が金利(利息・利子)を支払うというもので、かなり異常な事態といえます(マイナス金利は、2012年夏以降にデンマーク中銀が導入し、その後、ECB、スイス、スウェーデンの中央銀行が導入しています)。

今回の日銀の「マイナス金利」ですが、当然ながら、日本銀行と各金融機関の間の金利の話です。

日本銀行は、「銀行の銀行」という性格を担っています。私たちが銀行を使うように、銀行が日本銀行を使うわけです。銀行は、自分たちが預かっている預金や信託元本の毎月の平均残高に必要準備率をかけた所要準備額を日本銀行当座預金(準備預金)として積み立てておくことが求められています(準備預金制度)。

ここで、日銀の当座預金には、金利が付くのだったろうかという疑問をお持ちの方もおられるかと思います。

準備金制度と信用創造は教科書では金融政策の基本事項ですが、本当にどこまで効果的なのか、また、なぜ現金で持っている分をカウントしないのか(信用創造を正しく機能させるためなら、これも入れてよいはず)、そもそも、準備金が基本的には過去の預金量によって決まる(同時積立方式とはいえ、実際には少し後積み)のは信用創造の理論とは順序が逆といった、いくつかの疑問もあります。実際に、各国でも制度が異なっていて、英国などは準備比率をゼロにして実質的に制度として使っていませんし、ECB(欧州中央銀行)は準備預金に金利を払っています。日本は、金利を付けていなかったのではないかという疑問です。

確かに、日銀への当座預金は、かつては無利子でした。原則としては、日本銀行当座預金に利息は付きません。ただし、日本銀行が特に必要と認める場合には、同預金に利息を付すことができることになっています。

2008年10月に、補完当座預金制度が導入され、法定準備預金額を超える準備預金(いわゆる超過準備額)に対して、金利が付与されることになったのです(当初は臨時の措置でしたが、今でも実施されています)。

日銀が異次元緩和を行うときに、私は、日銀は、当座預金は無利子に戻すかと思っていましたが、そうはなりませんでした。今も年利0.1%の利息を支払っている(もともと、日銀の誘導目標の翌日物無担保コール金利から0.2%差し引いた水準と規定されていました。その後、目標が下げられて、マイナスになってしまうことから、0.1%になっていました)。

さて、1月29日に日銀が出した資料には、「本日の決定のポイント」として、以下が載っています。

  • 「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入する。
    • 日銀当座預金に▲0.1%のマイナス金利を適用。今後、必要な場合、さらに金利を引き下げる。
    • 欧州(スイスなど)で採用されている階層構造方式とした。具体的には3つの階層毎に、プラス・ゼロ・マイナス金利とする。
  • 「量」・「質」に「マイナス金利」を加えた3つの次元で、追加緩和が可能なスキームとした。
    • イールドカーブの起点を引き下げ、大規模な長期国債買入れとあわせて、金利全般により強い下押し圧力を加えていく。
    • 3つの次元の緩和手段を駆使して、2%の早期実現を図る。

日銀当座預金は、これまで、①プラス金利が適用される部分、②ゼロ金利が適用される部分がありましたが、今回、新たに③マイナス金利が適用される部分が作られたわけです。

テレビの情報番組などでは、「0.1%だった金利が、マイナス0.1%に変更」されたかのような解説がなされていますが、それは少し違うということです(間違いでもないですが、一部だということです)。

金融システムのなかで信用創造に関わるコアの部分である所要準備額、それと、貸出支援基金や被災地支援の資金などの部分には、ゼロ金利が適用されます。銀行等は日銀当座預金の平均残高が必要準備額以上であることが求められます。この部分には、基本、プラス金利が適用されます(そのうち、上記のコアの部分と公的な部分がゼロ金利ということです)。

それを図示すると、以下です。

兆円

適用される利率

貸出支援基金、被災地支援の 資金など 30 0%
当座預金の平均残高<基礎残高> 所要準備額 10
210 0.1%
250

今回、これらを上回る部分に対して、マイナス金利が適用されるということです。

それを図示すると、以下です。

兆円 適用される利率
以下を越えている部分 10 -0.1%
貸出支援基金、被災地支援の 資金など 30 0%
当座預金の平均残高<基礎残高> 所要準備額 10
210 0.1%

260

 

日銀によると、2月積み期間の当座預金残高は未定です(事後的にわかります。また、当座預金残高は季節変動が大きいので注意が必要です)が、仮に260兆円とすれば、▲0.1%が適用される残高(政策金利残高)は、当初は約10兆円となる(260-210-40=10)。これまでだと、220兆円に0.1%で利息が日銀から払われたのですが、今後は、210兆円に0.1%で利息が日銀から払われ、10兆円に関しては、日銀に支払わないといけません。

しかし、10兆円ですから、比率としては大した金額でもなさそうですが、現在の金融市場調節方針が継続すると仮定すれば、金融機関全体の当座預金残高(≒マネタリーベース)は3カ月で20兆円程度のペースで増加しますから、マクロ加算残高(当初約40兆円)がそのままだとすると、マイナス金利が適用される部分は、20兆円だったのが、30兆円になります。

マイナス金利の導入で何が起こるかというと、理論的には、インフレと自国通貨安(円安)。それと銀行等が当座預金残高を減らして、その分が投融資に回ることが期待できるということです。

これまでの一連の金融政策の現実への効果、現状の環境を顧慮すると、起こりやすいのは、以下の順かと思います。①円高阻止(円安となるかどうかまでは言いにくい)、②将来的なインフレ期待(現実には、なかなか簡単ではなさそうです)、③投融資に向かう(当座預金残高を銀行等が減らしたとしても、その分が投融資に回ることは難しいだろう)。

アベノミクスをマクロ経済政策として考えると、「財政緩和・金融緩和・自国通貨安」のセットです。そのうち、景気回復に効果があるのは円安です。マイナス金利を導入して、その分が投融資に回るかどうかは、よくわからないと言ってよいと思います。

先に、私は、異次元緩和を始めるときに、日銀は当座預金は無利子に戻すかと思っていましたが、そうはなりませんでしたと書きました。今回も、マイナス金利を導入しなくても、日銀の当座預金には、金利は支払わないことにすればよかったわけです。そのほうが、利息全体が減ることになります。黒田総裁としては、そんなことは承知で、アナウンスメント効果を狙ったということでしょう。

以上