今年も年の瀬を迎えて、"今年のヒット商品"や"流行語"が話題になる季節になりました。今年を振り返って、気になる言葉を挙げるとすると、私にとっては、タイトルにもある『第三者』、『第三者機関』という言葉かもしれません。
投資に近い話で言えば、金融商品の販売トラブルの仲裁から、企業や金融商品の格付、TBSと楽天の経営権をめぐる問題、社会一般でも、食品表示違反、大相撲力士死亡事件、『消えた年金』と、沸きあがる様々な問題の後には必ず、"第三者機関"という存在がとりざたされていた気がします。
このような"第三者機関"には、不偏不党の正義の判断を漠然と求めているケースが多いと思います。ただし、私には、その期待そのものが、かなり浅はかで短絡的な実現不可能なもののように思われますし、第三者というのは、そんな崇高なものを担保してくれる魔法の存在ではないと、改めてきちんと認識する必要があるのではないかと思っています。
たとえば、年金問題を考えてみても、"第三者機関"の優位性というのは、"年金を払う側でも、もらう側でもないので、その意味で直接の利害がないし、どちらの当事者も判断を受け入れやすい。"ことと、"それなりの法律・制度の知識がある人たちである"という程度のことにすぎません。
本当に、過去に年金に加入していたかなど、結局のところ、当事者以外には分からないわけですし、「本当は入っていなかったけれど誤って加入と判断した」場合と、「本当は入っていたのに誤って未加入と判断した」場合に、どちらが彼ら「第三者」にとって都合が悪いかといえば、明らかに後者です(報道機関や政治家からの批判の合唱を覚悟しなければならないでしょう)から、どちらかといえば、加入者寄りの判断がでやすいのではないかと想像します。
結局、たとえ第三者といえども、好むと好まざるに関わらず独自の"利害"をもってしまうもので、全てに対して超然とした第三者など実在しないのです。少し前にテーマとして取り上げた"格付"についても同じことです。いくら"第三者"だとはいえ、複雑な金融技術への理解など、人間の能力的な限界もあるでしょう。また、格付機関という組織にも、格付機関で働く個人にも、それぞれ独自な利害があるので、(たとえば、ある商品の格付けの専門家というポジションの職にあって高給をもらっていれば、その商品の市場自体が壊滅するような格付を出すことは、たとえ正しくても、自分の地位を失うリスクがあり、個人的利害と対立します)それらも公正な判断を難しくする要因になりえます。
もちろん、"第三者"としての役割を期待される多くの方々は、誠実にその役割を果たしていると思いますし、私もその方々を非難するつもりはありません。しかしながら、絶対に間違うことのない、どんな問題も解決できるような"第三者"を探し求めることは、"幸せの青い鳥"探しと同様に、存在しない理想を追うことにほかならならないと思うのです。
投資においても、その他のことについても、間違う可能性と向き合いつつも、それでもまずは、当事者として考えることを放棄してはいけないのでしょう。 "第三者"が重視されている現在であるからこそ、なおのこと、そんなふうに思います。
追伸
12月7日にトピックス・インデックス・オープンを40,000口追加購入し、MHAM物価連動国債ファンドを20,000円分売却しました。評価額への反映は次回のメルマガからとなります。
タカハシくんの12月7日現在の運用評価損益 | 購入ファンド | 基準価額 | 評価損益 |
| ノムラ外貨MMF ユーロマネー・マーケット・ファンド | 83,237円 | (+33,237円) |
| ノムラ外貨MMF 豪ドル・マネー・マーケット・ファンド | 105,177円 | (+55,177円) |
| トピックス・インデックス・オープン | 78,792円 | (+28,792円) |
| PRU国内株式マーケットパフォーマー | 15,577円 | (+5,577円) |
| 野村MMF | 392円 | (+392円) |
| 野村MRF | 646,608円 | (+6,608円) |
| MHAM物価連動国債ファンド | 197,970円 | (-2,030円) |
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| 合計 | 1,127,753円 | (+127,753円) |
(注)合併による社名変更に伴い、「DKA物価連動国債ファンド」は「MHAM物価連動国債ファンド」にファンド名が変更になりました。