金融機関が日本人を幸福にできない理由考えてみた


 

教えて!上地学長。

あけましておめでとうございます。昨年の金融業界は、かんぽ生命の不適切販売に代表されるように金融機関の販売モラルが大きく問われる一年となりました。かんぽ生命の強引な営業手法については、従前から少なからず耳には入っていましたが、報道でその実態が明らかにされるにつれ、「まさかそこでまでは・・・、人としてどうしたらこんなに酷いことができるのか!」と心底怒りを抑えることができませんでした。皆さんも、きっと同じような感想を持たれたのではないでしょうか。

 

郵政がやったことは特殊詐欺グループと変わりはない

郵政への厚い信頼を寄せる善良な高齢者に対し、組織的に騙して不当な利益を得てきたわけですから、その罪は極めて重いものと認識すべきです。今回の件は「不適切販売」なんて生やさしいものではなく、契約内容やその手口からして明らかに組織的な犯罪であり、その行状は特殊詐欺グループ、反社勢力と同類の輩と言われても否定できるものではありません。さらに許せないのは、政府による処分の甘さです。三か月の一部業務停止命令とトップの交替で幕引きを考えているようですが、普通の民間企業であれば、その程度の処分で済むはずがありません。おそらくは“おとり潰し”になったはずです。「日本政府が大株主だから、株式の放出による国庫収入への影響を考えて・・・」が理由だとしたら納得のいかない話です。

話しは変わりますが、昨年、講演の終了時、出席されたお客様から次のような相談を受けました。その方は、退職金の運用で某大手証券会社に相談に行ったところ、担当者からトルコリラ債の購入を勧められて退職金のほとんどをつぎ込んでしまい、それが大きく値下がりをしているというのです。老後の計画が大きく狂ってしまった。どうしたらいいのかというご相談でした。最終的にはご本人の意思で決定したことですから責任の全てが証券会社にあるとは申しませんが、やはりこの時も、かんぽ生命の時に感じた同じ怒りが込み上げてきたのを覚えています。

これまで2回の連載(「日本人の99%が知らないIFA(独立系アドバイザー)の世界」「IFAは社会の公器になり得るか」)で記した通り、資産運用で大切なのは「ゴール設定」です。ゴールによって最適戦略が決まる。退職金の運用という「ゴール」に対する最適戦略として、トルコリラ債への一括投資は明らかに間違っています。大手証券会社の社員であれば当然そんなことは理解していたはずで、恐らくは目先の手数料が欲しかったのか、あるいは、その時に当該商品の推奨を全店的に行っていたのか、顧客目線ではなく金融機関側の都合で投資アドバイスを行った結果であることは容易に推察できます。

かんぽ生命にせよ、証券会社や銀行にしても、もちろん全ての担当者が上に書いたようなことをやっているわけではありません。講師としていろいろな金融機関の研修に行かせていただきますが、真面目にお客様のことを考えて提案されている方がたくさんいらっしゃるのはよく存じています。しかしながら善良な担当者が別の支店に転勤してしまえば、次の担当者に同じような提案をしてもらえる保証はありませんからね。つまり、担当者個人のモラルや資質で語られるべき問題ではなく、金融機関の構造問題として捉えないと本質を明らかにすることはできませんし、解決に至ることもできません。そこで、今回は“インセンティブ”をキーワードに、既存の金融機関が顧客目線の提案ができるようになれる可能性はあるのか、IFA(独立系アドバイザー)既存の金融機関と違うとしたら何が違うのかをお話ししたいと思います。

 

制度(組織)作りの基本は“インセンティブ”設計

組織や制度を設計する場合に一番の肝となるのは、構成メンバー(エージェント)のインセンティブを一致させることです。組織内におけるエージェント間のインセンティブの不一致は、組織作りを失敗に終わらせる可能性が非常に高くなることが知られています。例えば、金融商品販売の世界をインセンティブ理論(ミクロ経済学の応用分野)で分析すると、今の金融機関の仕組みでは失敗すべくして失敗していることが明らかになります。先ずは、各エージェントのインセンティブを明確にさせると次のようになります。

  • 顧客のインセンティブ→生涯資産価値の最大化
  • 金融機関担当者のインセンティブ→支店勤務での会社の評価(ただし3-5年で異動を繰り返す)
  • 金融機関経営者のインセンティブ→役員就任中の企業収益(10年後は?なので近視眼的)+経営戦略の失敗(ビジネスリスク)は避けたい+当局対応

 

日本の一般個人の資産運用ニーズは、老後の資産を作る・守るための資産形成が多数派だと思いますので、「生涯資産価値の最大化」とさせていただきました。一方、金融機関の担当者は、自分が支店在任中(通常3-5年)で会社から高い評価を受けることが最大の関心事になります。評価の対象が「手数料」ならば回転売買への誘因が生じます。最近、特に銀行では預かり資産残高や積立投資などもポイント制として評価の対象に取り入れられており、乗り換え営業は以前に比べるとかなり減ってきたように思えます。しかしながら、さすがに積立の推進だけでは経営が成り立ちませんので、やはり支店の現場サイドでは手数料収入の拡大は依然重要視されているのが現状です。

そして最大の問題は、評価のタイムスパンにあります。担当者の評価は、支店在任中の3-5年間での実績にもとづきますので、顧客の10年後、20年後、老後に関心が及ばないのは、インセンティブ構造上から明らかです。ヒトは組織の中ではインセンティブで動くので、担当者個人の善悪の問題ではありません。 金融機関経営者のインセンティブも同じです。10年後は自分がその会社に在籍していない可能性が極めて高いわけで、役員の任期中の利益を犠牲にしてまで顧客の資産価値を最大化するインセンティブを持ちえないのは、ある意味仕方のないことなのです。ましてや、目先の収益を落としかねないリスクの高い施策を採用するインセンティブは働かないはずで、在任期間の限られている役員が「長期・分散・積立」投資に舵を切り返すことは非常に難しい選択となるはずです。

最近になってなぜ資産残高や積立投資に力を入れ始めたかのように見えますが、経営者にはもう一つのインセンティブ、つまり当局(金融庁)の方針に沿っていることを当局や世間に見せなくてはならないアリバイ作りというインセンティブが働いているからです。積立投資に注力始めたのは、顧客のためというよりも当局対応といったほうが正しく、積立を本気で取り組んでいる金融機関はそう多くはないと思います。要は、顧客と金融機関側のインセンティブが一致していない状況の下では、何をやっても基本はうまく機能しないということです。考えてみれば、金融機関の販売モラルの低さは、この業界が生まれてから数十年以上に及ぶものです。これまで何度も反省して「資産管理型営業への転換」と称してビジネスモデルの修正を試みましたが、結局は自らを変えることはできませんでした。それが、今になってできると考える方に無理があるのかもしれません。

 

IFAの可能性をインセンティブで考えてみると

さて、ここでクイズを一つ。

米国で顧客からの信頼度が一番高い証券会社で、エドワード・ジョーンズという会社があります。

昨年は、「女性が働きたい会社」部門で、「全米1位」になったことでも有名な証券会社です。

では、この会社の顧客の投資信託の平均保有年数は、以下のどれでしょうか?

(参考)日本は約3年、米国は約5年が平均値です

 

①約6年    ②約9年    ③約13年  (出所:ハーバード・ビジネススクール)

正解は、③13年です。つまり、エドワード・ジョーンズは顧客の老後、退職所得マーケットに特化したビジネスモデルの金融機関です。したがって、彼らの顧客へのアドバイスは、相場観に基づく「短期・集中・一括」投資ではなく、「長期・分散・積立」投資が中心であり、結果としてほとんどの顧客の資産は増えていた。ゆえに顧客の満足度・信頼度が非常に高いことになるわけです。

日本の金融機関の幹部がアメリカ研修旅行に行くと、大抵の場合、エドワード・ジョーンズの視察が予定に組み込まれています。彼らのアメリカでの成功を目の当たりにすると、日本の個人金融ビジネスで成功するにはこれしかない、今ビジネスモデルの転換を図らなければ我々に10年後はない・・・と帰国するのですが、「短期投資→長期投資」、「集中投資→分散投資」、「一括投資→積立投資」と自らの営業手法を100%否定するところから始めなければいけないのと、成功したとしても成功するまでに時間のかかるにビジネスモデルなので、その頃には自分は会社にいないかも・・・という理由からでしょうか、未だにエドワードジョーンズ・モデルを志向する金融機関を日本において見出すことはできません。

アメリカには、エドワード・ジョーンズのように年金・退職所得マーケットに特化した証券会社、やはり同種のサービスを提供するIFA(独立系アドバイア―)、そして、IFAに業務プラットフォームを提供する専門金融機関などが勢力を伸ばしています。担当者が顧客に相場観を提供し、金融商品の売買を繰り返すような古典的な金融機関のシェアは低下傾向にあります。一方でアドバイスを必要としない顧客層からは、オンライン(ネット)証券は従前から高いシェア率を誇っています。日本の金融業は、アメリカに15年遅れていると昔からよく言われてきましたので、日本においても「ネットか対面か」、対面型ならば「長期の資産形成か短期売買か」、この枠組みで業界が整理・淘汰されていくことでしょう。私は、日本の金融産業は高い確率でアメリカの現状に近づいていくと思います。

ところで欧米ではIFAが一定のプレゼンスを確立し、日本でも最近注目を集め始めていますが、インセンティブ論で説明すると顧客との一致が可能なのかを考えてみることにいたしましょう。

IFAと金融機関の担当者との違いは、ⅰ)転勤がないので顧客の老後にコミットできる、ⅱ)販売商品と手数料収入にノルマがない、ⅲ)顧客と生涯取引を続けることがIFAのメリットにつながるので機会主義的行動への抑制が効きやすい、ⅳ)ファイナンシャルプランニング、DCコンサル、保険ビジネスなどの兼業により、証券の手数料収入だけに依存しない

このように、IFAは、「顧客の生涯資産価値の最大化」に沿えるのかという意味で、金融機関の担当者よりは大きな可能性を感じます。しかしながら可能性は感じるものの、全てのIFAのインセンティブが顧客のそれと一致していると考えるのも無理がありそうです。現在、日本では900社に及ぶIFA業者が存在しますが、その中で顧客とインセンティブを一致させている業者がどの程度いるのかというと、残念ながらかなり多くの割合で“Lemon(レモンは腐っていても見かけでは判別が難しいという意味)”が混じっているように思えます。証券会社を退職されてIFAになったのはいいのですが、退職前と同じように手数料目的で短期売買を推奨する人が少なくないのも事実です。つまり、IFAだから信頼できるということはないということです。

そこで次の段階で求められる機能は、一般消費者に対してIFAが「美味しいレモン」か「腐ったレモン」かを判別してくれる「外部評価機関」の存在です。今年からIFA団体(ファイナンシャル・アドバイザー協会)がこの1月にも発足するそうですが、おそらくはそれに近い機能を提供されていくのではないかと推察します。いずれは、業界団体ではない外部の第三者評価機関も登場してくるでしょう。皆さんが、金融商品購入の際の窓口としてどこを選んだらいいのか、まだまだ難しい状況にあるのが現状といるのかもしれませんね。IFAが日本の消費者に普通に選ばれるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうです。

 

一般社団法人経済教育支援機構 代表理事 上地明徳

(「上地ゼミ」学長、信州大学経営大学院特任教授)