BRICsファンドとは、ブラジル、ロシア、インド、中国の株式に投資するファンド(投資信託)のことです。
BRICsは、ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の頭文字をとったもので、米国の大手証券会社のゴールドマン・サックスが2003年10月に発表した「Dreaming with BRICs: The Path to 2050」と題するレポートの中で初めて使った言葉です。
BRICsという概念を世界に広めたレポートの内容 #
このレポート(ゴールドマン・サックス「Dreaming with BRICs」)は、ブラジル、ロシア、インド、中国経済は今後最も急速に成長を遂げる経済であるとした上で、今後40年以内に、BRICs経済は、米ドル・ベースでG7の経済よりも大きくなる可能性がある(2004年では約15%程度)と予測するなど、今後数十年間に世界経済のバランスが現在とは大きく変化したものとなることを示唆するものでした。
このレポートは世界中の金融市場関係者に衝撃を与え、BRICsが注目を浴びるようになりました。2004年12月には、米国のBusinessWeek(現:Bloomberg Businessweek)が2005年の投資見通しとして「Four Countries You Must Own」(保有すべき四カ国)と題する記事を掲載しています。もちろんこの四カ国はBRICsのことです。このような背景の中、世界中で、BRICsに的を絞って投資を行うファンドが登場し始め、これらの国に投資するファンドは一般にBRICsファンドと呼ばれるようになりました。
日本におけるBRICsファンド #
日本でも、2005年頃からBRICsを投資対象とするファンドが相次ぎました。
2005年から2009年までに設定されたBRICsファンド例
ファンド名 | 設定日 | 信託期間 | 運用会社 |
---|---|---|---|
HSBC BRICs オープン(HSBC BICsオープンに名称変更) | 2005/09/30 | 無期限 | HSBC |
JPM・BRICS5・ファンド | 2005/12/28 | 無期限 | J.Pモルガン |
シュローダーBRICS株式ファンド(シュローダーBICS株式ファンドに名称変更) | 2006/01/31 | 無期限 | シュローダー |
日興BRICs株式ファンド | 2006/03/01 | 2026年4月15日(信託期間を2回延長) | 日興 |
HSBC新BRICsファンド(HSBC 新BICsファンドに名称変更) | 2006/06/30 | 無期限 | HSBC |
グローバル・アンブレラ UBS BRIC | 2007/12/19 | 2017/12/05(償還) | UBS |
GS BRICs 株式ファンド | 2008/01/21 | 2018/05/14(償還) | GS |
JPM・BRICS5・ファンド(3ヶ月決算型) | 2008/03/31 | 無期限(2014年7月15日 繰上償還) | J.Pモルガン |
BRICsエクイティ・ファンド | 2008/04/23 | 2018/04/23(償還) | GS |
ダイワBRICSリターンズ・ファンド | 2009/02/13 | 2018/02/20(償還) | 大和投信 |
(*運用会社名は設定当時のもの)
ゴールドマン・サックスBRICsファンド撤退のニュースの衝撃 #
しかし、2015年11月9日、米国のゴールドマン・サックスがBRICsファンドから撤退するというニュースが金融市場を驚かせました。ゴールドマン・サックスはBRICsの名付け親であり、2004年頃から始まったBRICsファンドブームの生みの親とも、火付け役とも言える存在であったためです。
そのゴールドマン・サックスが米国において2006年6月30日に設定したBRICsファンド「Goldman Sachs BRIC Fund」を、2015年10月23日付けで、同社の新興市場株式ファンド「Goldman Sachs Emerging Markets Equity Fund」に統合したのです。
ゴールドマン・サックスが2015年9月17日にSEC(米国証券取引委員会)に提出した届出(FORM N-14)(http://www.sec.gov/Archives/edgar/data/822977/000119312515322541/d38785d485bpos.htm)によると、統合の理由について、BRICsファンドの資産が近い将来において大きく成長することが見込めないこと、ファンドの統合が、長期で見れば、総経費の低下という形でよりよい効率化を実現できる可能性を拡大すること、BRICsファンドは償還されると課税対象になるが、それよりもファンドを統合することで、より分散された外国及び新興国市場に投資するファンドに投資する機会が提供される方が投資家にとっては好ましいこと、などを挙げています。
では、日本において設定されたBRICsファンドの現状はどうなっているのでしょうか。
BRICsファンドの現状 #
2005年から2009年にかけて多くのBRICsファンドが設定されましたが、信託期間が満了したり、繰上償還されたり、あるいは約款変更により投資対象が変更されて、2025年5月現在、一般に購入可能な主なBRICsファンドは次の2本です。
なお、「HSBC BRICsオープン」、「HSBC新BRICsファンド」、「シュローダーBRICs株式ファンド」は、ロシアによるウクライナ侵攻後、ロシア株式市場へのアクセスが困難となったことから、2023年に信託約款を変更しロシアを投資対象から除外しました。これに伴い、各ファンドは「HSBC BICsオープン」、「HSBC新BICsファンド」、「シュローダーBICs株式ファンド」として運用を継続しています。
- 日興BRICs株式ファンド(日興アセットマネジメント)
- JPM・BRICS5・ファンド(JPモルガン・アセット・マネジメント)
特定の国に的を絞って投資することのリスク−BRICsファンドの事例を踏まえて #
BRICsファンドは、ブラジル、ロシア、インド、中国という新興4カ国に注目して投資することで、高成長によるリターンを期待する投資信託として、一時期大きな人気を博しました。しかし、ゴールドマン・サックスによるBRICsファンドの統合・撤退、日本国内での同種ファンドの繰上償還、さらにはロシアによるウクライナ侵攻後の国際的な制裁や市場の混乱により、ロシア株式市場へのアクセスが困難となり、ロシアを投資対象から除外する動きが広がったことなどの事例は、特定の国に的を絞って投資することのリスクを如実に示しています。
特定の国に的を絞って投資するファンドのリスク
1. 政治・地政学リスクの集中
特定国投資では、その国の政権交代、規制強化、外交関係の悪化、紛争などが直接的に投資資産の価値や換金性に影響します。
- 例:ロシアにおけるウクライナ侵攻と国際経済制裁は、外資の撤退や証券取引の制限を招き、実質的に投資資産が凍結状態に陥るリスクを顕在化させました。
- 例:中国では、2020年以降、政府によるIT・教育・不動産業への規制強化が相次ぎ、特定業種に偏ったファンドの価値が急落しました。
2. 経済構造の偏りによる脆弱性
単一国の経済は、多くの場合、特定の産業や資源に依存しており、商品市況や国際需要の変動によって大きな影響を受けます。
- 例:ブラジルは鉄鉱石や穀物輸出に依存しており、資源価格の下落や干ばつなどの自然災害が経済に打撃を与えやすい。
- 例:インドは構造改革の進展が不透明で、長期的な潜在成長力に比してインフラや雇用制度の課題が残る。
3. 市場の流動性・情報開示の課題
新興国の証券市場は、情報開示の透明性が低く、取引量も先進国に比べて少ないため、急激な資金流出や価格変動が発生しやすい傾向があります。また、為替変動リスクや資本規制の存在も無視できません。
4. ファンド構成の柔軟性不足
特定国に投資対象を限定したファンドは、マクロ経済や市場の変調に対して運用の自由度が低く、市場全体が下落局面にある場合でも保有資産を変更しにくいという構造的リスクを抱えます。これにより、長期保有中のパフォーマンスが大きく毀損するおそれがあります。
結論
BRICsファンドのように特定の新興国に的を絞って投資することは、高い成長機会に集中投資できる一方で、経済・政治・制度的リスクを分散できないという明確なリスクがあります。
実際、BRICs構成国の経済成長率にもばらつきが見られます。以下の表は、世界銀行のデータに基づく2024年の実績値および2025年の予測値を示したものです。
国 | 2024年 実質GDP成長率(実績) | 2025年 実質GDP成長率(予測) | 出典 |
---|---|---|---|
🇮🇳 インド | 6.7% | 6.7% | 世界銀行 South Asia Development Update(2025年4月) |
🇨🇳 中国 | 4.9% | 4.5% | 世界銀行 East Asia and Pacific Economic Update(2025年4月) |
🇷🇺 ロシア | 3.2% | 1.4% | 世界銀行 Macro Poverty Outlook for Russia(2024年10月) |
🇧🇷 ブラジル | 3.4% | 1.8% | 世界銀行 Brazil Macro Poverty Outlook(2024年10月) |
このように、BRICs各国の成長性は一様ではなく、年ごとの変動や構造的課題によって左右されます。インドのように高い成長率を維持している国もあれば、ロシアやブラジルのように成長の鈍化が見込まれる国もあります。こうした点からも、BRICsファンドのように地域や国を限定して投資するファンドには、常に各国の経済動向を注視する姿勢が求められます。
特に新興国においては、リターンの源泉となる成長性そのものが、不安定な制度・環境の上に成り立っているケースも多く、想定外の事象によってファンド全体が急落することも珍しくありません。
したがって、こうしたテーマ型・地域特化型ファンドに投資する場合には、対象国の状況を継続的にモニタリングする姿勢と、中長期的な分散投資戦略の中に位置づけることが重要です。
BRICsファンドのまとめ #
BRICsファンドとは、ブラジル、ロシア、インド、中国といった新興国4カ国に投資する投資信託のことです。高成長を期待して人気を集めましたが、20年後の現在は各国の経済格差や地政学リスクが顕著です。特定の新興国への集中投資は高リターンの可能性と同時に大きなリスクも伴います。投資する際は、各国の状況をよく見極め、分散投資を意識しましょう。将来の成長に期待しつつも、リスク管理を怠らない姿勢が成功の鍵となります。