投資信託には、株式や債券の値上がり益を狙う「一般的な運用スタイル」だけでなく、市場全体の値動きにできるだけ左右されず、相対的な価格差を収益源とする運用手法もあります。
その代表的な仕組みのひとつが「マーケット・ニュートラル戦略」です。市場の方向性に依存せずにリスクを抑える工夫があり、分散投資やリスク管理の手段として用いられることがあります。
マーケット・ニュートラル戦略とは #
主に株式市場で用いられるマーケット・ニュートラル戦略とは、株価全体の上げ下げに影響されないようにポジションを調整し、相場全体の影響をできるだけ抑え、相対的な値動きから収益を狙う投資手法です。
この戦略の目的は、相場全体の変動リスク(マーケットリスク)を抑えつつ、個別銘柄や資産間の相対的な価格差に基づいて利益を上げることにあります。市場が上昇しても下落しても、相対的な優劣を見極めることでリターンを目指します。
マーケット・ニュートラル戦略の仕組み #
マーケット・ニュートラル戦略は、「株式市場全体が上がるか下がるか」を予想するのではなく、「どの会社の株が他の会社よりも良さそうか・悪そうか」に注目して利益をねらう投資方法です。
どうやって運用するの? #
たとえば、次のように考えます:
- 将来の業績が良くなりそうなA社の株を買う(ロング)
- 業績が悪くなりそうなB社の株を売る(ショート)
そして、A社の買いとB社の売りに同じくらいのお金を使うように調整します。こうすることで、株式市場全体の値動き(上がる・下がる)の影響をできるだけ受けず、A社とB社の差だけで利益をねらうことができます。
- ロング(買い)とは、株を買っておき、値上がりしたら売って利益を得る方法です。
→「安く買って高く売る」イメージです。 - ショート(売り)とは、株を先に売っておいて、あとで値下がりしたところで買い戻すことで利益を得る方法です。
→「高く売って安く買い戻す」イメージです(証券会社から株を借りて売るしくみを使います)。
利益が出るしくみ(例) #
たとえば、次のような動きがあったとします:
- A社の株:100円 → 110円(10円上昇)
- B社の株:100円 → 90円(10円下落)
この場合:
- A社を買っていたので、10円の利益
- B社はあらかじめ高値で売っていたので、90円で買い戻すことで10円の利益
→ 結果として、合計20円の利益になります。
なぜ「マーケット・ニュートラル」と呼ばれるの? #
A社とB社に同じ金額だけ投資(買いと売り)していれば、たとえ市場全体が上がったり下がったりしても、その影響は相殺されるようになります。
つまり、市場全体の動きに左右されず、2つの銘柄の値動きの差(= スプレッド(価格差))が自分の予想どおりになるかどうかで利益が決まる。この「市場の影響を受けにくい」状態が「マーケット・ニュートラル(市場に対して中立)」という意味です。
マーケット・ニュートラルとロング・ショートの違い #
マーケットニュートラルなロング・ショート #
- ロング: 業績好調のA社株式 +100万円
- ショート: 業績悪化のB社株式 −100万円
- ネットエクスポージャー: ±0(中立)
この場合、市場全体が上がっても下がっても、A社がB社よりも相対的に値上がりすれば利益が出る構造になっています。市場の方向に依存しない、典型的なマーケット・ニュートラル戦略です。
ロング・ショートだがマーケットニュートラルではない #
- ロング: A社・C社・D社の株式合計 +200万円
- ショート: B社株式 −100万円
- ネットエクスポージャー: +100万円(ロング超過)
この構成では、ロングの比率が大きいため、単に相対的な銘柄間の動きだけでなく、市場全体の上昇にも収益が依存します。つまり、マーケット・ニュートラル戦略ではなく、方向性を持った(ディレクショナルな)ロング・ショート戦略になります。
両者の関係を整理すると:
項目 | マーケット・ニュートラル | ロング・ショート |
意味 | 市場全体の動きに中立な戦略の「状態」 | ロングとショートを組み合わせる「手法」 |
目的 | マーケットリスクを排除し、相対リターンを狙う | 割安・割高を見極めて収益を得る |
関係 | ロング・ショートによって実現可能 | 必ずしもマーケット・ニュートラルとは限らない |
このように、ロング・ショート戦略はマーケットニュートラルの実現手段の一つではありますが、構成次第で市場方向の影響を強く受ける戦略にもなり得ることに注意が必要です。戦略の設計やポジション管理の精度が重要なポイントとなります。
マーケット・ニュートラル戦略を採用している投資信託の例: #
① 日経225ニュートラルファンド
- 分類:投資信託
- 戦略:個別株のロングと日経225先物のショートを組み合わせたベータ・ニュートラル型
- 概要:
- 日本株の個別銘柄(割安・成長銘柄など)を選別してロング(買い)
- 一方で、日経平均先物をショート(売り)
- → 市場全体の上下を中立化(ベータ≒0)しつつ、銘柄選びの「差」(=アルファ)で収益をねらう
- 典型的なマーケット・ニュートラル戦略のファンドです
② GS 日本フォーカス・グロース マーケット・ニュートラル・コース
- 分類:投資信託
- 戦略:銘柄ごとの相対的成長性に基づくロング・ショートの組み合わせ
- 概要:
- 成長性が高いと判断する銘柄をロング
- 成長性が低いと判断する銘柄をショート
- → ロングとショートを組み合わせてポートフォリオ全体の市場リスクを抑える
- ロング・ショート戦略を基本とし、市場リスクの影響を抑えるマーケット・ニュートラル型のファンドです。
③ MAXIS 日本株高配当70マーケットニュートラル上場投信(銘柄コード:1499)
- 分類:ETF(上場投資信託)(東京証券取引所に上場)
- 戦略:高配当株をロング、TOPIX先物をショート
- 概要:
- 「日本株高配当70指数」(=高配当株)をロング
- 「TOPIX先物」(=市場全体)をショート
- → 高配当株の相対的な優位性を市場全体の影響を排除して抽出
- テーマ特化型のマーケット・ニュートラル戦略ETF
まとめ
ファンド名 | タイプ | ロング | ショート | 目的(リターン源泉) |
日経225ニュートラルファンド | 投資信託 | 個別株 | 日経先物 | 個別株の相対リターン |
GS 日本フォーカス・グロース MNコース | 投資信託 | 個別株 | 個別株 | 成長性の差 |
MAXIS 日本株高配当70 MN上場投信 | ETF | 高配当株指数 | TOPIX先物 | 高配当株の相対優位性 |
いずれも市場全体の動きに左右されにくい(=市場との連動を小さくする)マーケット・ニュートラル型の戦略をとっていますが、運用手法や対象資産が異なります。目的やリスク許容度に応じて選ぶことが重要です。
なお、ベータとは、市場全体の動きと比べて、その資産やファンドがどの程度同じように動くかを示す指標です。ベータが1なら市場と同じように動き、0なら市場の動きとはほとんど関係なく動くことを意味します。
マーケット・ニュートラル戦略の注意点(リスク) #
「市場全体の動きに左右されにくい」という特徴を持つマーケット・ニュートラル戦略ですが、実は見えにくいリスクもいくつかあります。リスクがゼロというわけではありません。以下のような点に注意が必要です。
ロングとショートのバランスがずれることがある #
たとえば、「買い」と「売り」の金額を同じにすることで市場の影響を消そうとしても、タイミングや価格の差で完全には一致しないことがあります。
→ このズレが思わぬ損失につながることもあります。
市場とまったく無関係にはできない #
市場全体が大きく動いたときは、どんなにバランスをとっていても影響を受けることがあります。
→ 「市場の影響をなるべく小さくする」戦略であって、「まったく影響を受けない」わけではありません。
分析や予測の間違いで損をすることもある #
買う銘柄と売る銘柄を選ぶときには、将来の業績などを予想して決めます。でも、その予想が外れたり、計算モデルが間違っていたりすると、逆に損をすることもあります。
→ これは「モデルリスク」と呼ばれるリスクです。
売り(ショート)には特別な注意が必要 #
「株を持っていないのに先に売る」というショートは、証券会社から株を借りて売る仕組みです。この方法には以下のような注意点があります:
- 借りた株が返せなくなるリスク
- 株価が予想に反してどんどん上がってしまい、損失が大きくなる(損が無限にふくらむ可能性)
売買がうまくできないことがある #
思ったとおりの価格やタイミングで株を売ったり買ったりできないことがあります。特に、あまり売買されていない株だと、希望通りの取引ができず、戦略がうまくいかなくなることがあります。
→ これを「流動性リスク」といいます。
相手の信用リスク(カウンターパーティリスク) #
株を借りる相手(証券会社など)が倒産したり、契約が守られなかったりすることで、損失が出る可能性があります。
倍率(レバレッジ)を使うとリスクも大きくなる #
マーケット・ニュートラル戦略は、もともとの利益が小さいこともあるため、「レバレッジ」という倍率をかけて利益を増やそうとすることがあります。
→ でもその分、損失も大きくなる可能性があります。
マーケット・ニュートラルのまとめ #
マーケット・ニュートラル戦略とは、市場の方向性に依存せず、相対的な価格差などから市場リスクを抑えつつ、相対的な価格差からリターンを狙う戦略です。ロング・ショート戦略はその一手法にすぎません。市場リスクを抑えたい投資家にとって魅力的な手法である一方、見えにくいリスクを取っていることを正しく理解した上での運用判断が求められます。
ただし、過去に運用された同戦略型ファンドの中には期待どおりの成果を残せなかった例も少なくありません。そのため「安定した成果が保証される戦略」とは言えず、仕組みとリスクを理解したうえで慎重に検討することが求められます。