相場のこころ(2)


相場の心理の話をしたいと思います。相場というのは社会科学の一つですが、社会科学の特徴は、自然科学と何が違うかを考えるとわかります。自然科学ですと実験を観察する学者、観察者は試験管の外で実験を見ているわけです。社会科学は、たとえば民族学でもそうですがインディオの部落の中に入っていって自分が調査をする。ということはすなわち自分も試験管の中に入っているわけです。社会科学の難しさはそこにあるわけです。つまり観察者自身が対象の中に入ってしまう。そこで心理の問題が非常に重要になってきます。

すでに指摘しましたが、相場の心理と言っても二つの意味があります。一つはマクロ的な意味であり、大きなマーケットの構造の中での心理という意味です。もう一つはミクロ的な意味で個人が相場に参加して損をしているときにプレッシャーを感じるというような話です。

まずはマクロの話です。私はもともと為替ディーラーの出身ですので為替のことで話したいのですが、為替心理説というのがあります。それはアフタリオンというフランスの経済学者が今から70年くらい前に唱えた説で、為替に対する心理の影響が非常に重要だとした説です。よくご存知のように外国為替を動かす要因に関して、購買力平価説、国際収支説などいくつかの理論があります。しかし、第一次世界大戦後、ドイツが戦争に負けて膨大な債務、借金を負うというニュースが流れ、そしてそのニュースが流れたがゆえに異常なマルク安になり、それがドイツの物価を引き上げました。そういう現象が起こったことにアフタリオンは注目したわけです。つまり購買力平価説とまったく逆の流れが起こったのです。マーケットを予測して参加者が動くと相場がそういう方向に行ってしまうというのが為替心理説です。ジョージ・ソロスは市場は常に間違っているといいましたけれども、彼のいう反射理論も実はこれもこの為替心理説の一つの変種です。

このテーマに関して知っておくべきなのはケインズです。よく知られたイギリスの経済学者です。彼は「職業的投資のアナロジー」と表現しましたが、「美人投票のアナロジー」として知られたセオリーです。

簡単に説明しますと、相場は美人投票に似ているというわけです。投票者が100枚の写真のうちからもっとも美しいと思われる6人を選択し、その選択が投票者全体の平均に近かった人に賞品を与えましょうという投票の募集を新聞が行います。この場合、各投票者はどういうふうに考えて投票を行うかというと、自分の好みで美人を選ぶのではなく、他の人が選ぶであろうということを予測して投票するということです。これが大事なことであるとケインズは言うわけです。

ここに実は相場の極意があります。相場の予測は他人の予測の予測だということなのです。もっと言えば、他人が他人の予測をどう予測するかということが大事だということです。これがマクロ的な意味での相場と心理の関係だと私は考えています。

ここで誤解していただきたくないのは、ではファンダメンタルズとは全く関係ないことが起きるのかというと、そうでもないのです。やはり、たぶんそれなりの美人が選ばれるということには違いないのです。もっとも、ケインズの言わんとするところは、相場は適切な水準ではないところへまでも動いてしまうものだということですが、現場で見ていますと、やはり、ファンダメンタルズからひどく乖離することはない、というふうに考えたいと思います。