1.テクニカル分析への招待


テクニカル分析とファンダメンタル分析

2つの見方~対峙するのか、同源なのか

個人的な話で恐縮だが、長らく為替ディーラーとして過ごし、その後は研究所や投信会社でマーケットの調査研究の仕事に従事してきた。外国為替相場の予測は、他の市場との比較でいえば、ファンダメンタルズでの予想が難しいように思う。あるいは、最もテクニカル分析が有効な市場なのかもしれない。

私がテクニカル分析を勉強するようになったのは、メーカーから保険会社に転職して、為替ディーラーとなり、半年ほど後のことだった。ビギナーズ・ラックがなくなって、損が出始めたためである。上司からは入社時点で「チームに1人はテクニカル・アナリストが必要だから、テクニカル分析を勉強しろ」と言われていたが、まさかグラフで将来が予測できるとは信じられず、受け流していた。ところが、負けはじめると転職の身だから、言う通りにしておこうと考えて、勉強を始めたのである。

これが勉強を始めると意外に面白い。「テクニカル・アナリストはファンダメン タルズのわからない馬鹿か、勉強嫌いの怠け者」という悪口も耳にしたが、なるほど 、「馬鹿でも理解できるほど簡単で、怠け者でも一旦マスターすれば後々楽に使いこなせるほど普遍性の高いものである」というのも真理だなと逆に改めてテクニカル分析の特徴に感心したりしたものだ。

斯界における最高のエコノミストであり、テクニカル・アナリストであった故・本郷元秀氏に師事したことも幸運だった。「予測のうち何割がテクニカルで、何割がファンダメンタルズか」と問うと「考えたこともない。同じものを見ているだけでしょう」との答。分析の結果、見方が一致しないのは未熟だからだと言われた気がしたものだ。ファンダメンタルズとテクニカルを両方見るというのをテクノファンダメンタルズと言う人もいるようだが、それは現場では珍しいことではなく、ことさら名称をつけるほどの話ではない。氏はいずれの技法においても完成度を高めよという感じだった。それは正しいだろう。しかし、例えば、テクニカルの完成度を高めていけば、ファンダメンタルズは不要ということになりはしまいか。あるいは、結局、どちらも完成するということがなく、補完する必要があるということだろうか。

RSIやDMIなどの技法を開発したことで知られ、テクニカル分析の中興の祖と言われるJ・W・ワイルダー氏にも聞いたことがある。彼はもともと工場を設計するエンジニアだったが、不動産業に転じ、年齢的には遅くマーケットの世界に入ったが、彼が最初に考えたことは相場の数理的処理だったという。というのも、ファンダメンタルズは商品によって異なるし、時間とともに変遷するから、理解し実践するまでにかなりの時間がかかる。一方、テクニカル分析はファンダメンタル分析と比べると、普遍性が高く、時間の無駄が省けると考えたというのだった。「ファンダメンタルズはいっさい見ないのか」という質問には、「個人的にはテクニカル分析しか用いていない。それで十分間に合うと思う」と答えてくれた。これはこれで卓見というべ きだろう。

また、「僕はファンダメンタリストだから、テクニカル分析は使わない」と広言する人がいる。しかしながら、これは自らを二流のファンダメンタリストだといっているのに等しい。現実には、今やテクニカル・アナリストの存在は市場で無視できないほどであり、その存在自体がファンダメンタルズだからだ。かつての上司が「チームに1人はテクニカル・アナリストが必要」と言ったのはまさしくこの点にあったのだと思う。

テクニカル分析の特徴

デンジャー・ポイントの把握、タイミングの把握

具体的な値動きから一般法則を導き出す帰納法的手法であり、かつ、偶然性をも検知するなどと、テクニカル分析の特徴として様々なことが指摘される。

しかしながら、現場で実践している身にとって大事な点は、デンジャー・ポイン トの把握、タイミングの把握ということになると思う。例えば、ファンダメンタルズからドルを買うことを決定したとして、いつ買えばよいのだろうか。買った直後にドルが下落したら、なぜ損切らねばならないのだろう。ファンダメンタリストとしての見方が、その瞬間に変わったというのでなければ、損切る理由はないのである。

テクニカル分析では、ポジションをとった直後に見方が変わることは往々にしてある。テクニカル分析が値動きに依拠しているからである。このメリットは、現場では貴重だ。微妙な動きも察知できるからというばかりではない。心理的効果すらあるのである。価格がどこまで来たからポジションを変更するというのは十分な方針転換の理由足りうるし、市場参加者が常に接している心理的緊張から解放されるのである。

テクニカル分析は当たるのか

よく「テクニカル分析の予測は当たるのか」と聞かれることがある。もちろん、テクニカル分析にも限界はある。しかし、それは、ファンダメンタルズでも同様だ。私は「ファンダメンタルズは当たるのですか」と聞き返すことにしている。どちらの質問に対しても、答はイエスであり、ノーである。

「いいファンダメンタリストは当たるし、駄目なファンダメンタリストは当たら ない」のと同じく、「いいテクニカル・アナリストは当たるし、駄目なテクニカル・アナリストは当たらない」にすぎない。

チャートは過去の動きを記録したグラフである。しかし、過去から現在までの動 きを一目瞭然に示したものである。チャート嫌いの人でも過去のグラフは見る。それ が最もわかりやすい方法だからだ。予測にまでは使用しないにせよ、現状分析の一助となることは異論がないだろう。

ファンダメンタル分析の怖さは、意識が「どうあるべきか」に向かうことにある 。高くあるべきだ、安くあるべきだ、と。しかし、民間企業にとっては、「どうなるか」「何をするのか」が大切なのである。また、テクニカル分析は短期には有効であるが、長期的にはやはりファンダメンタルズだという意見が一般的だろう。しかし、次の例に答えていただきたい。100年後のドル・円相場の予測である。これは極端な例ではあるが、ファンダメンタルズでの予測はお手上げだろうと思われる。