エンロンの破綻とMMFの元本割れに何を学ぶべきか?


2001年11月29日、MMFをはじめとするいくつかの債券投資信託基準価額が10,000円を下回りました。投資信託は、程度の差こそあれ、リスクを積極的によってリターンを追及する金融商品であり、その価格が上下に変動するのはあたりまえのことですが、この日を境に、基準価額が10,000円を割れたMMFをはじめとして、多くの債券型投資信託から資金が大量に流出しました。まるで、投資家はこれまで債券型投資信託はリスクがない商品であると思っていたかのようです。一方、運用会社では、この件により債券型投資信託の純資産総額が大幅に減少しました。株価の長期低迷で株式投資信託の純資産総額も伸びておらず、今後は何を新たな収益源とするのか困難な状況が続きそうです。ここでは、エンロンの会社更生法申請が誘発したMMFの「元本」割れに、賢い投資家が何を見るべきであったかを考えたいと思います。

1. 公表事実に見るMMFに起こったこと

2001年11月末、5本のMMFを含む、20本以上の債券型投資信託の基準価額が10,000円を割りました。直接の原因は、アメリカのエネルギー商社エンロンが、粉飾決算(あるいは粉飾まがい)をしているのではないかとの懸念が10月中旬から広がり、資金調達難から同社の債券が大幅に値下がりしたことです。同社は一時、同業他社との合併を発表し、信用懸念も収まるかにみえました。しかし、11月末に合併合意が破棄され、12月のはじめに会社更生法適用を申請しました。

会社更正法適用とは、事実上の倒産であり、当面の間、債権者は利息や返済を要求できなくなります。また、ほとんどの場合、借金や社債の利息や返済は約束どおりには行なわれなくなりますので、債券の価値は下がります。今回10,000円割れを起こした債券型投資信託は、いずれも、エンロン社の債券を保有しており、その債券の価格が下落したために、基準価額が下落したのです。

投資信託会社各社がエンロンの債券を購入したのは、主として2001年春頃の模様です。この頃、ヒューストンにあるエンロン本社から財務部長クラスの社員が、自社債券の売りこみに日本までやってきて、投資信託会社を含む機関投資家を営業して回っています(業界では、これを「ロードショー」と称します)。当時の社長スキリング氏は、世界最高の経営コンサルティング会社を自負するマッキンゼーの出身ですが、コンサルタントとしての腕は、会社運営よりもむしろプレゼンテーションで発揮されたようで、ロードショーに出席したファンド・マネージャーやアナリストはみな、大きな感銘を受けたようです。その結果、多くの運用会社が同社の社債を購入しました。

2. どのような債券を保有していたか

エンロン社が発行し、投信各社が購入したのはいわゆるユーロ円債(日本国内ではなく、外国で発行登録が為された円建て債券のことであると考えてください)でした。また、各社の各ファンドが持っていたエンロンの債券は、主に3種類程度にまとめられると思います。 a) 2002年5月~6月償還のもの b) 2003年6月償還のもの c) その他 この3種類に分けたのは、2001年秋の段階で、投資信託がこれらの債券に対して異なる扱いをしていたためです。「扱い」とは、具体的には「評価」つまり「基準価額を計算する時に、エンロンの債券の価格をいくらとカウントするか」ということです。この「債券の評価」についてはFAQの「公社債投信の基準価額はどう決まるの?」をご覧ください。c) その他には、エンロンの米ドル建て社債を日本円での元利払いに変換するために仕組債の形にしたものなどが含まれますが、ここでの仕組債は比較的単純で、エンロンの発行する円建ての債券を保有している以上の意味はありません。残存期間によって、a)やb)とほぼ同様の性質を持っています。

3. 保有債券の評価1: 残存1年以下の債券

2001年の秋、上記のうち、a)は残存期間が1年を切っており、投資信託各社は償却原価法によって、この債券を評価していたと思われます。一般に、会計制度では一度評価方法を決めたら変更するのは容易ではなく、恐らく各社とも、a)の債券を償却原価法、つまり時価評価しない形で評価していたと推測できます。このことが投資信託の基準価額にどのような影響をもたらしたのかといえば、「エンロン社の状態の悪化に伴って徐々に債券評価価格や基準価額が下落するのではなく、ある日(具体的には29日)突然下落する」ということになります。償却原価法は、債券が償還されることを前提として用いられる評価方法であるため、ある程度債券価格が下落しても、その下落はよほど大きくない限り「一時的な下落」であるとして、評価や基準価額には反映されません。11月の終わり、a)の債券の時価と各社の簿価(額面価格近辺であったようです)の差が大きくなったため、各社はもはやこれは一時的な下落ではないと判断し、時価評価への移行を決めたと思われます。

4. 保有債券の評価2: 残存1年以上の債券

b)やc)の、残存期間が1年を超える債券は、基本的に時価評価されますが、運用会社がこれを満期保有目的債券というカテゴリーに分類すると、売却が出来なくなる代わりに償却原価法によって評価がおこなわれます。各社のMMFが保有していたエンロン社債のうち、2003年償還のものは、この満期保有目的債券として保有されていたと思われます。満期保有債券やa)のように償還までの期間が短い債券は、償却原価法という時価を反映しない方法で評価するかわりに、運用会社は常に時価を入手し、それと簿価の差をチェックしていなければなりません。また、簿価と時価との差額が大きくなった場合、その原因を調査し、もしも償還や利払いが不確実になったことが原因であるという結論に至ったならば、上記の1年以内の債券同様、時価評価を行います。エンロンの債券はほとんどの債券同様、取引所などで取引されているわけではありません。また、そうした場合によく用いられる「証券業協会基準気配」、すなわち証券業協会が公表する参考価格も、エンロン債がユーロ円債であったために、公表されてはいませんでした。そこで投資信託会社各社は、そうした場合に用いる時価情報として、「価格ベンダー」や「その債券を買ったもとの証券会社」から時価情報を入手する、という方法を取りました。

5. なぜ11月29日まで持ちつづけていたか?

次の表は、ある証券会社によるエンロン社債の時価推移データです。

おそらく、MMFでエンロン社債に投資していた運用会社各社は、エンロン社債を償却原価法によりほぼ100円に近い価格で評価していましたが、28日に、一日で価格が大きく下落したことを受け、時価評価することを決意したのだと思われます。つまり、実際に基準価額が10,000円を割れたのは主として11月29日であり、これは前日の11月28日中に、運用会社が債券の評価を時価に変更する、という意志決定を行なったことを示唆していますが、日本時間で28日の夜、つまり各社の決定直後に、エンロンの会社更生法適用申請が事実上決定的になりました。その結果、エンロン破綻決定’MMFなどの10,000円割れという流れに見えますが、実際には破綻が決定的になる一日前にMMFは10,000円割れが決定していたのだと思われます。

注意すべきことは、少なくとも11月の早い時期に、MMFがエンロンの債券を売却していたとしても、10,000円割れは発生していた、ということです。MMFの利回りは現在年率でも0.1%~0.2%程度であり、一日当たりの収益率は0.00027%~0.00050%程度です。債券の取引にも取引コストがかかりますから、これは、買った債券を売却しただけで、MMFは10,000円割れを起こすことになります。日本の債券投資信託は、主として税制の欠陥のために、基準価額が10,000円を下回ると追加設定ができません。追加設定が出来なければ運用会社や販売会社、さらには受益者にとっても商品の魅力が大きく減退してしまいます。こうした事態を避けなければならないとすれば、現在のMMFは一度買った債券は決して売却できない、ということになります。投資信託会社各社がエンロン社債を保有しつづけていた動機の1つはこれだろうと思われます。すなわち、10,000円割れを起こすことを避けるために、ほんの少しでもエンロンが立ち直る可能性があるならば、それに賭けるほうが、運用会社にとって良い選択になりますし、また投資家がMMFの基準価額が10,000円かそれとも10,000円未満か、ということだけを気にするならば、これは投資家にとっても良い選択であったことになります。

しかし、投資をこのように考える人は、恐らく稀でしょう。損をするかどうか、だけではなく、どれだけ損をするのか、という点も本来重要なはずです。この考え方から言えば、10,000円割れ自体はもっと早くに発生しても、損失額はさほど大きくない11月の早い時期に売却を行なっていたほうが、よい選択であったかもしれません。むろん、運用会社の中には、エンロンが立ち直るだろうという相場観を持っていた会社もあったかもしれません。事実、エンロンは同業他社のダイナジーと合併を決めていました。合併が行なわれていれば、エンロンは立ち直り、債券の会社更生法申請もなかったと思われます。他方、MMFではありませんが、エンロンの先行きが懸念され始めた初期に、債券を売却できたファンドもあったようです。これらは、もともと10,000円という基準価額をMMFほど強く意識する必要のない外債ファンドか、または債券簿価評価時代の遺産すなわち含み益がまだ残っていて、それで売却損を償却できたファンドであったと思われます。

6. 補填?

過去、MMFが10,000円割れを起こしたとき、運用会社が損失を補填した例がありました。今回の事例では、運用会社は補填をしないようです。投資信託の目論見書を見ると、必ず元本保証商品ではないことが明記されています。これはMMFについても例外ではありません。MMFも、利益が出ることがあれば、損失が出ることもある、リスク商品です。MMFは、従来、銀行預金などに比べて高いリターンを提供してきましたが、これは当然リスクを取っていたからで、MMFの設定以来約10年で、はじめて取ったリスクが裏目に出たのです。金融庁をはじめとする行政当局も、MMFはリスク商品であるという認識のもと、何らかの規制違反や、約款に代表される受益者と運用会社の間の契約に対する違反がないかぎり、投資家の損失を運用会社などが補填することを禁止しています。今回、MMFの基準価額が10,000円を下回ったのは、違反があったからではなく、投資が裏目に出た、つまり「運用会社が相場を外した」ためなので、当然補填は行なわれるケースではありません。業界各社は保有資産を運用報告書や投資家向けレポートの中で繰り返し公表していますし、上記の通り目論見書などで損失が発生し得ることを繰り返し述べています。この環境で損失が発生して驚いた投資家がいたとすれば、それは投資家が知り得た情報を自らの怠慢によって無視していたのです。彼らには自己責任を要求される厳しい金融市場で投資を行なう権利がないのかもしれません。皮肉な見方をすれば、MMFを解約して銀行預金や郵便貯金に移し変えた人達は、市場によって退場を命じられたのです。

7. リスクの大きさ
次の表は、エンロン社に対する格付けの推移です。エンロンは2001年前半まで、優良企業の一つでした。実際ビジネス雑誌などでは、マイクロソフトやジェネラルエレクトリックなどと並び称される会社でした。
Moody’s  
SP  
Fitch  
R&I  
日付
長期
短期
長期
短期
長期
短期
長期
短期
当初
Baa1 P-2 BBB+ A-2 BBB+ F-2 A- なし
10/16/01
Baa1/*-
10/25/01
BBB+/*- F-2/*- A-/*-
10/29/01
Baa2/*- P-2/*-
11/1/01
BBB/*- A-3
11/5/01
BBB-/*- F-3/*-
11/9/01
Baa3/*- NP BBB-/*- BBB- F-3 BBB-
11/28/01
B2/*- B-/*- 取下げ CC/*- C
11/29/01
CCC
11/30/01
CC/*-
12/3/01
Ca D D 取下げ CC
注: */+は格上げ検討、/*-は格下げ検討。
R&Iがエンロンに格付けを付与したのは12/6/1999。
: 格付けがジャンクになった日。

 

やはり、ここでもエンロンへの投資が、通常の投資となんら変わらなかったことが分かります。その後の財務状況の悪化や会社更生法申請は「相場観を外した」以上の意味を持ちません。たとえばMoody’sは、11月9日には短期格付けを投機的格付け(ジャンク)に落としていますが、前述の通りこの段階でエンロン債を売却していても、MMFの10,000円割れは発生しています。

8. エンロン以降のMMF

その後、MMFから巨額の資金流出が起きることを予想したある運用会社は保有債券のほとんどを売却し、そうした流出に応じられるような体制を整え、その結果取引コストなどでこの運用会社のMMFの基準価額はさらに下落しました。実際に資金流出は加速し、10,000円割れを起こさなかった会社のものも含め、MMFの残高は大きく減少しました。2002年3月には、これを受けてMMFを償還することを決めた運用会社もあるようです。また、金融庁と投資信託業界は、2002年4月の銀行ペイオフ導入以降の資金の受け皿に想定していたMMFからの資金流出と懸念し、規制の強化を行ないました。具体的には、MMFで投資できる債券の残存期間を短くしたり、格付けがある水準以下の投資対象には投資できないようにルールを定めました。たとえば、

a) 2社以上の各付け会社から長期格付けがA-またはA3以上の格付けを得ている場合には1発行体当たり純資産の5%以内、
b) 2社以上の各付け会社からBBBまたはBaa2以上の格付けを持っている場合には同じく1%以内、
c) b)は満たしているがa)は満たしていない発行体への投資は合計で純資産の10%以内

というルールが新設されました。しかし、前期の格付け時系列データを見れば、このルールが以前から適用されていても、10,000円割れは防げなかったということが分かります。11月9日までのエンロンは純資産の1%まで買える投資対象ですし、多くの日本企業よりも、この会社の格付けは上でした。加えて、エンロンのアニュアルレポートは同社の監査法人であるアーサーアンダーセンも一緒になって、粉飾されていた可能性が浮上してきています。つまり、格付け会社などの情報に頼らず、独自に財務分析などを行なって、エンロン社の財務安全性を検討していても、必ずしも投資を避けられていたわけではないと思われます。

以上から得られる結論は、「規制を強化してもMMFが10,000円割れを起こす可能性を0には出来ないし、特に今回の規制強化では、リスクの大きさは以前とさほど変わっていない」ということです。MMFは従来から、そして今後も、リスク商品でありつづけます。また、リスク商品であるからこそ、銀行預金やMRFといった商品よりも高いリターンが期待できるでしょう。

9. 投資家としてあるべきスタンス

MMFに限らず、金融業界では繰り返し神話が事実によって否定されてきました。特に安全性神話は、次から次へと崩れ去っています。そろそろ、「この世に安全な投資などというものは存在しない」と仮定して行動する時期が来ているように思います。銀行預金も、2002年4月以降ペイオフが導入されますし、また日本の国債も、必ずしも元利払いの約束が必ず果たされるとは考えない投資家・格付け会社が増えているようです。年金の支給条件を見ると、条件さえそろえば国がどれほど簡単に約束を破るかは明らかです。さらに、物価の変動まで考慮すれば、現金をそのまま金庫にしまっていてさえ、リスクはなくなりません。賢い投資家としては、もはや、国、格付け会社、金融機関、運用会社その他に頼らず、自ら調査し、自ら判断しなければならないのです。「安全な投資」など、この世には存在しません。いつまでも絵空事を追いかけてうろうろ逃げ惑うのは止めるべきでしょう。

筆者:P太郎(某大手運用会社勤務。専門はリスクマネジメント。)